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他業種から介護へ、そして看護師へと転身されたあんともさん

今回のお話は、あんともさんです。長らく他業種にお勤めの後、介護業界へ。介護職員としてのご経験を経て、看護師としてのキャリアをスタートされたところでお話を伺いました。
※インタビューに応じてくださった方に関する個人情報保護の観点から、お名前は仮名とし、職場に関する役職名その他委員会等の名称を実際の名称から一般的な名称に変更しています。具体的なエピソードについても、趣旨を損なわない範囲で編集をしています。

◆まずは、ご経歴の確認ですが、看護系の学科を卒業されてから他業種を経験の後、介護の世界に飛び込まれて、そこで働きながら介護福祉士、准看護師、看護師と資格を取得、最近病院に看護師として転職をされた。

はい、そうです。

◆介護の仕事のご経歴を教えていただけますでしょうか。

もともと37からかな、ユニット型の特養に就職して。施設運営とかそういうのに興味があって、施設長候補というのに申し込みました。それで一応施設長候補として就職して。雑務をしながら数年計画で。でも無資格未経験なんで、数年後に新しい施設を立てるからということで、そこを目安にいろいろ雑務をしてたんですけど、3ヶ月ほどしてみたら、人手不足でフロアに入ることになりました。そうしたら…おもしろくて。結果としてはちょうど3年後に新しい施設が建ったんですけど、その時には、僕は現場から抜けられない状態で、相談員も兼務していて。結局新しい施設に行けなかったんです。正直なところそこで心が折れてしまいました。それなり以上の実績も作って、業務改善もやって頑張っていたので。

そこを退職して、別の株式会社に転職しました。転職先の法人ではまずグループホームに半年。そこも管理者候補で入ったんですけど、グループホームでの実績を認められたような形で基幹施設になる小規模多機能と有料併設の施設に異動になりました。そこはまあ、非常にレベルが低くて、利用者様、利用者様っていう割にはあらゆることが甘い。一つ一つを「こうしたほうがいいよ」と提案してもなかなか伝わらない。その落差にパニック障害になりました。なのでグループホーム半年、小規模多機能半年くらいで辞めさせてもらって。ただ、その間に実務者研修と認知症ケア実践者研修、介護福祉士と准看護師を取ることができました。

◆立て続けに沢山資格や講習を受けましたね。最初の法人では受けなかったのでしょうか?

初めに入った法人の理事長が「経営陣は福祉系資格を取るな」という意向の人だったんです。大学時代に社会福祉主事だけは持ってたんですけど「それがあれば施設長にはなれる。福祉というものにあまりかぶれてしまったら適正な経営はできない」からと。

◆そういう考え方もあるのですね。グループホーム、小規模多機能の後はどのようなところに勤めましたか?

ユニット特養ですね。ここでは介護職員として行かせてもらったんですけど。また愚痴みたいになってしまうんですが(笑)、ここのユニットケアは現場よりも生活相談員独自のこだわりが強くて。食事にはお盆を使わずにランチョンマットを敷くべきとか。お風呂はマンツーマンで行うものだから、特殊浴槽でも介助者は1人しか付けちゃいけないとか。なので、脱がせで15分、入れて服着せて15分っていうのを真冬でも一人でやってた。おかしいと思っていろいろ調べてみると、ユニットケアのマンツーマンっていうのは誘導する人から風呂に入れる人から、また戻ってもらうまでを一人でしましょう、同じ人がしましょうっていう考え方でしかなくて。その間に危険があれば二人ですべきですよね、当然。一切しない(笑)

◆なぜかそこを徹底しちゃったんですね(笑)

ユニットケアだから(笑)あとはユニットケアだからセンサーマットはしないとか。家にセンサーマットはないでしょと。まあこれもよく勉強させてもらいました。相談員と話をするのに。平成30年にはセンサーマットの利用推奨が厚労省から出てますよとか、そういう根拠まで持って行ったんですけど、全然動かなかったですね。ユニットケアはユニットケアですけど、結果としては現場のおむつあてをまともにできる人がだれ一人いなかった。休憩もそれまで30分ずつしか取ってなかった。

そこではまあ、僕の入ったフロアで二つユニットがありましたが、1年くらいかけてそこの業務改善をしました。ほぼ全員のおむつあてをまともに改善して、便の性状も改善して。休憩も取れるようにして。そこまでやったうえで最終的に下された評価が「コストばっかり言って利用者がおろそかになってる」と…。僕からすれば本当に利用者を想うのだったら、おむつくらいもっとまともにしましょうよと言いたいところでしたが…。重要な生理的欲求に関わるおむつ・排泄を足掛かりに、利用者の状態改善につながっているはずなんです。施設のコストとしても一番結果が出やすい部分がおむつで。そこから改善することによって、改善結果が利用者の楽にもつながり、排泄のトラブルが減る分、スタッフの楽にもつながりますから確実に。休憩時間も捻出できます。あとは整理整頓も進めました。介護施設に初めて入ったときに、一般企業を見てきた人間からすると動線が甘すぎると感じました。ユニットの特養でもやっぱり同じで、使用頻度の高いものがずいぶん奥のほうにあって取りにくかったり。そういうのを少しずつ変えさせてもらって。そういう業務改善も含めて年間コストは50万くらい削減できました。でも、最終的に言われたのが「利用者の横に座って、話するのを見たことない。そんなことだったら上に上げられない」と…。実は施設長の候補として採用されていたんですけど、もういいわと思って辞めました。しんどかったですけど、介護士の思い描く理想が、本当に利用者のためになっているのかって考えるきっかけにはなりましたね。

◆なんだか、行く先々ですごいですね(笑)ええと、そこを辞めて…

看護師として転職するつもりだったので、就職が決まるまでの2か月ほど、短期の派遣で4、5件介護施設に活かせてもらいました。なかなかどこも大変ですね。そうはいってもとにかく基本ですね。どこに行っても、おむつあてができていないがための無駄な業務がすごい多い印象でした。

◆そこはやっぱり共通して感じるところなんですね。

ですね。話が戻りますけど、最後の(正職員として勤めたユニット型の)特養は、誰一人学ぶ気がなくて。リーダーも若い男の子だったけど、「自分介護福祉士取る気ないんで」って。なにかの時に「ボディメカニクスを考えたときに」って話をしたら、「ボディメカニクスとか僕わかんないんで」って。その子は4年5年選手なんだけど、無資格やる気なし20代後半くらいのリーダーで。まあ、学ぶ気も提案する気もなくなってしまったのは、結局相談員のせいだったんですよね。どれだけの理論を持って行ったとしても一切受け入れない。現場に対して何の配慮もしないのに、自分の思いだけで動かしていく。何回もベッドから落ちているような人に対してもセンサーは入れない。朝起きる頃になったら5分毎の見回りをしてくださいとか。事故に対する改善策がですよ。

◆素晴らしいですね(笑)

夜勤もしないのに、「別にやればできると思うんだけどな」って。まあ、そういうのが当たり前な環境では介護職員はやる気を無くすだろうなと思いました。そんななかでも、「正しいことをやったら楽になる」っていうところには興味を示してくれるんですよね。介護に関しては、基本に立ち返れば必ず楽になる、正しいことをすれば楽な方向に向いていくっていうのはあって。やる気のないスタッフならなおさら、もっと楽がしたい訳じゃないですか。やる気なんて、なければないでいいと思うんですよ。ただただ金のために働いてる、それでも必要な一人だし、いてくれないと困るわけだし。そういう人間でもやりがいとか喜びがまったく思いがないかっていったらそうでもないケースがほとんどで。おむつから漏れなくなったら達成感はあるでしょうし。

◆よくなったらやっぱり嬉しいですもんね。

意欲満々でなくても、漏れなかったらラッキーだな、漏れるよりは漏れないほうがいいよね、くらいの感覚で業務改善ができりゃそれはそれで構わないと思うし。僕はそれこそ、ここまでしなくてもいいんだけどなっていうくらい、左右対称とか、寸分違わぬおむつあてを追求してしまうんですけど。そういう価値観の違いっていうところを、もし統一しようと思っても、人生に対しての価値観とかを変える必要はべつにないと思うんですよ。思いはある、やる気もある、でも技術もないし、学ぶ暇もない、という働き手も見てきましたし。そういう人たちが働く場所も必要だなって思うようになったんです。そういうなかで働きたいんならそこで働けばいいし、もっと上を目指したいんだったら、厳しいとこに移ってやればいいし、そういう棲み分けっていうのは大事なのかなっていうのがすごい思いますね。でもやっぱり勉強してやった分だけ、厳しいところへ行けば給料は上がるし、逆に、ほんとにまあ極端なケースを言えばバイトで入ってたグループホームなんかは、本当になあなあでしたよ。受け皿としてそういうのもあっていいと思う。そうすると、本当に完璧な教科書通りのユニットケアを求めてるのは、利用者じゃなくて、介護側なんじゃないかなと思うこともあります。

◆ああー…

とはいえ、僕としてはそれでもユニットケアが最良の形かな。やっぱり個別ケアをしたときに。ただ、勘違いが多いですよね。ユニットケアなのに同じ時間にみんな出てきて同じように食べないといけないとか。あれをなくしてしまって、食事介助とかもバラバラにしてってやってしまったら実はすごい楽なんですよね。

◆世間というか、介護に携わる人たちから「『ユニットケア』なんて言ってもね…」みたいな声も聞こえることがありますが、ユニットケアという仕組みや考え方そのものは、やっぱりいいものなんじゃないかとあんともさんは思っていらっしゃる。

そうですね。すごいやりやすくなると思います。

◆ちゃんと動線を整理して、おむつあてをはじめとした基本を押さえていれば。

押さえたうえで、食事だのおやつだのそういったものも本当に個別に落とし込んでいけば、時間差が生まれますし。あれを一斉にしようとする…もともユニットケアは好きに寝てもらって好きに起きてもらってっていうところですけど、食事を個別に提供しよう、炊飯器をユニットに置いて、そこでごはん炊いて…みたいな具体化のなかで、人員不足でそれができないということになって、結果として厨房からがさっと上げて、時間内に食べてもらわないといけないとか。

◆一度作ってしまうともう融通を利かせられないとかはどうしてもありますからね。

なので、そこまでを改善して本当のユニットケアに近づけようと思ったら、ベースの部分、おむつあてひとつから、そういったところを改善することによって実はかつての相談員がやりたいユニットケアができるんですよ。

◆おむつあての改善でちょっとお伺いしたいんですけれども、1年くらいかけて、徐々に同僚の人たちのスキルを改善していったということでしたが、どんな風にされたんでしょうか?研修をしたのではないのだろうなと思うのですが…

研修も委員会もまともにしてなかったですからね。はじめ僕が夜勤入るにあたって例のやる気のないリーダーがついてくれたんですけど、きちっとおむつをあてたらこんなに美しくおむつが濡れるんだ、こんなふうになるんだっていうのを実際に見せて、介護の可能性とか、有用性とかっていうのを少しずつ話していって。そういう話をしていって、でもそういう話をできる人間ばかりでもないので。人がどうしていようと自分だけは正しい仕事をして。こうしたほうがいいんだ、漏れないんだっていうことに誰かに気づいてもらう。誰かが気づけば、真似をしてくれる人間もいる。真似してくれてることに気づいたら、実は「もうちょっと、テープ止めの角度気持ち上なんよね」とか、変わろうとしてくれていることに気づくとか、変わろうとしてくれることに感謝するとか。

まあ、僕もたまには漏らすこともありましたけど、漏れたんだったらどこからどう漏れたのかっていうのを明確にしてくれと周囲に頼んでいました。「漏れてたら俺に言ってくれ、右から漏れてたのか、左から漏れてたのか。俺がやったからには背中から漏れていることはないはずだから、右か左か後ろか前か、それを全部教えてくれ、そうしたら全部改善するから」と。それで言ってきてくれたらめっけもんですよね。漏れてたことを言ってきてくれたら「右が漏れてた?」「はい、右でした」という話から「ちょっと忙しかったし、センターきちっととれてなかったし、ギャザーも甘かったから」っていうふうに言ってしまえば、僕の反省であり、向こうの学びであり。

◆そうしてあんともさんに言ってきてくれるというのは、あんともさんが追求していることについて興味を持っているというサインにもなりますよね。

うーん、それか、べつに僕に文句を言いたいだけでもいいんですよ。偉そうに言ってたのに漏れてたじゃないかと。その方が都合がいいです。「漏れてた?でもアウターでおさまってたでしょう?それはよかったけど、アウターも汚したくないなあ、次はちゃんとするわ」とか言いながら。「アウター100円するからな」って。

◆ともすると遠回りにも見えるようなやり方で、相手が変わるのをじっと待つような感覚でしょうか。それには忍耐も必要かと思いますが、あんともさんは、どうして待てるのでしょう?

僕がまあもともと不器用で苦労したところもあるので。それでもそれなりのことをできるようになったのは、前職(介護ではない)の上司が厳しいながらもじっくりあきらめずに自分を指導してくれたからだと思っていて。

もともと不器用な人間がどういう思考回路になってしまうのか、言い訳をしてしまう人間はどうして言い訳をしてしまうのか。もう誰も守ってくれないのなら言い訳をするしかなくなっちゃう、なんてことも自分の中で分かっちゃうので。成功パターンに導いてあげたら誰しもがきちっとできるっていうのは信じているんです。本当にダメな人もいるかもしれないけど、そういう人こそ一握りでしかないなかで、多くの人を「できない人」っていうふうに認定して切り捨てて指導を諦めてしまうケースはすごい多いと感じます。

自分ができてなかったから想像できる部分で、気を長く持てる強さが僕にはあるのかなと思っています。できない理由を追求してあげない、追求できるだけのものを教える側が持っていないというのは悪だと思う。

◆ご自身の苦労があってこそですね。そこにあんともさんのおむつあてへの探求心が相まって…

 実はおむつあてだけじゃなくて、他にも追及していたことがあるんですよ。…


※ここから先の内容には、高齢者介護に関する実践的な理論や仮説が含まれます。TOMIEとして、その妥当性について検証を致しかねますが、「あんともさんという人が、介護の現場において、何かを良くするためにどのようなプロセスを踏んだのか」についての学びが多く得られるお話となっています。以上を踏まえて続きをご覧いただけますと幸いです。


…僕はもともとはじめの施設で「福祉の勉強をするな」と言われてましたけど、「勉強するなと言っても全くしないわけにもいかないし、どうしようかな…」と思ったときに、その施設にたまたま竹内理論の本があって。ああ水分1500㎖摂ったら元気になるのか、っていうところから始まって。一日5、600㎖しか入らないような人がいたので、その人をまずは対象にして、朝から水分を多めに摂ってもらい始めました。ナースからは「そんなに朝から水分入れたらご飯が食べられなくなるじゃない」とか言われて。そんなことなかったんですけどね(笑)少しずつ水分量を増やして、一日600㎖くらいしか入らなかった人が、朝から600㎖くらい入るようになって、600㎖飲んだら、食事量も増えた。覚醒状態も上がった。全介助だったのが自分で食べられるようになった。やっぱり水分を増やすことによる覚醒状態っていうのは確実に上がるものです。

そもそも覚醒の悪い人に水分摂ってもらうのも難しいんですけど、一日かけてゆっくり入れていったら覚醒状態が悪い人でも一日1500㎖くらいは十分行くので。もちろん人によって違いますけど、1200㎖超えたあたりから、だんだん覚醒状態が上がってきて、そうしたら、今度は自分で勝手に飲んでくれるっていう状況になって。それまで完全介助だった人が、8割自分で食べてくれるようになったらこんなに楽なことってないでしょう。

そして、それを一人ずつ行くんですよ。こっちのおばあちゃんをやったら今度はこっちのおじいちゃん、みたいな。一気に一律1500㎖とかってやっていこうと思ったら利用者も負担だしスタッフももちろん負担だし。一人「この人はいけるな」っていうのを決めて、その人の状態を上げて、次の人に行って。それをしていくと業務自体もすごく楽になるし、それぞれのどういう段取りをもって、状態を上げていくのかっていうのも、スタッフ一人一人が理解できたりとか。

やっぱり認知症とか意識障害に対して、一番有効なのが水分なのは間違いないかな。で、そういう実際的な覚醒状態が上がってくる部分も見えて。数字としても表れて。まず水分を追えば介護士のチームとしての目標っていう部分が定まると。そうしているうちに意識状態上げたら、水分の増量で排泄状況も良くなるので、この人は1200平均で3日間いったらラキソ(下剤)なしでも3日目の夜には出るとかっていうのが分かってきて。そこもナースに交渉して。この人1200だったら3日目の夜に出るから、今まで3日目の夜出る前に飲んでいたラキソを4日目の朝にしてくれと交渉して、ラキソをずっと使わずに済むようにしたり。水分を追うことでそこまでのことができたりする。ラキソを入れなかった結果、便がドロドロになることもないし、おむつからの漏れもなくて。汚染の処理もなくなるし、トイレで排泄もできるし、っていうのをまた何人も増やしていって。

◆仮説を立てて、目標を立てて、結果を振り返って分析をして…最初は手間がかかると思うんですけど、それもちゃんと「この人」っていう一人目を決めて、一人ずつやっているから無理なくできるということなのでしょうか?

まあ、自分がほぼ初心者だったから一人ずつしかできなかったっていうところもあって。すごいラッキーでしたね。水分摂取が増えて、いろんな人の状態が良くなって。

ただ、それでも水分が入らない人っていうのもいて、理由はなんだろうと思ったときに、きちんと寝られてないんじゃないかと。そこで、きちんと寝てもらうためには室温は何度がいいかとか。寝姿、体位はどんなものがいいかとか。朝、きちんと水分を飲んでもらうために、昼間同活動してもらって、夜はどういうふうに寝てもらって、朝につなげていこうかっていうことを思ったら介護全体が繋がってくるんですよね。朝の水分・食事を入れるためのサイクル、っていうところから見てったら発見や学びがありました。

◆数あるいろいろな介護の手技の中でまずおむつを追求するに至ったきっかけは、今おっしゃったような実践の広がりや連鎖の結果なのでしょうか?

うーん…まあ、そういうことにしておいてください(笑)
夜きちんと寝てもらおうと思ったら漏らしたくない、もっと言うと、漏れたらめんどくさいし、なんとかならないかっていうのが、もともとのところだとは思うんですよ(笑)もっと楽したい。で、楽をしようと思ったらなんだかんだ、横当てしてみたり、ちん巻きしてみたり、足していくより、引いていったほうが、不快感もなくて、コンパクトできちっと当たって良い、っていうところに行き着いて。それでも(おむつから)漏れるなら、どこに原因があるのか。尿量であれば、おむつの機能として吸える量に限界があるので、そこはもう時間で変えていかないと仕方ないですけど。それ以外の、おむつが完全に濡れきっていないのに横から漏れてる場合は、その理由を突き詰めていったら、結局基本に忠実なのが一番。おむつメーカーも、基本に忠実に使ったときに一番高性能を発揮すると作ってるに決まってるので。間違いないでしょう。徹底的に研究してそうなっているはずなので。それを感覚で無駄な工夫で違えているくらいだったら、ベースに戻す。基本をやったら余計なことをしなくてもほとんどの人が漏れません。それを徹底的にやって、1パーセントの漏れがあるとしたらそこに工夫がいる。まったくいつも基本通りに同じことをしていたら対象者の癖と自分の癖っていうのが見えてくるから、そこに対してのアプローチをしていけばいいだけなんで。

最終的な結論のところを言うと、もっと基本通りにやって、もっとみんなで楽しようぜっていう。楽なのは自分達だけじゃなくて、自分達が楽っていうことはそれだけ利用者にきちっと関われるのだから利用者も楽になるし。

◆基本を守れば楽になる。様々に模索を続けてこられたからこその境地ですね…!ここまでのご経歴をうけて、今、新しい世界(病院)に足を踏み入れていらっしゃるとのことでしたが、配属はどちらですか?

精神科の一般内科です。精神科で、病的症状が悪化した人が来るみたいな。勤め先の病院の中では一番厳しいところだとも言われているみたいです。他は療養病棟みたいなものなので。

◆あんともさんは看護師としてお勤めですけれども、同じ病棟のなかで介護職員もいらっしゃいますよね?

介護士結構います。介護さんから意見ありますかとか、聞いたりもしていて。できるだけお互いに協力してやりましょうっていう雰囲気は出してますけど…やっぱり病院で働いている介護士はガンガン出っ張ったらいけないのかなっていう空気がありますね…結構対等に、それなりに意見も言ってもらえるけど、介護がここまでできるっていう可能性は知らない人が多いのかな。やっぱり看護師はドクターから与えられた仕事を適切にこなす「だけ」の余裕しかないのは確かなので、仕方ないのかもしれません。

◆それは忙しさというか、環境がそうさせているような?まだ入職してそこまで時間も経っていないなかでですけど。

うーん…正直、本当の意味で利用者の尊厳とか、QOLとかを見る余裕はない。ナースには。ナースが守るべきこと、ナースがやるべき仕事は病気の治療であって。ナースのできることは元の状態に近づけること。介護士の仕事はその状態を広げていくこと。看護師のできることって元の状態に戻すところまでなんですよ。介護士はQOLを広げることができるんだけど、元に戻すまでの手伝いしか病院介護士はできてないかな。看護の補助をしてもらうつもりはないけれど、補助でしかないというか。看護の手伝いじゃなくて、病院内でも看護の仕事と介護の仕事・役割を完全に分けたら病院もすごく良くなると今は思います。

◆もっと分けたほうがいいという感覚なんですね。

分けることによって連携を明確にする。例えばポータブルトイレを使う人が何人かいるんですが、介護士がポータブルトイレを片付けるんです。ポータブルトイレを片付けるだけの手間なんか別にいらないんですよ。ポータブルトイレの中にどういう便が出ていて、例えば下痢の中に硬便が入っていたらこれは嵌入便が出ていますね、って報告をしてくれたら、嵌入便なら便をもうちょっと柔らかくする薬を入れたら下痢もなくなるね、と。ただ排せつ物を捨てるだけじゃなくてそこを見てくれたりとか、できたらいいのにと思います。

今はもうおむつの一斉交換、それこそ看護師・介護士協同しましょう見たいな感じで、定時でみんなで入って、みんなで替えて終わりっていうことをしてますけど、もともと一緒のタイミングでいいわけがないので。定時の人は定時の人でいいんですけど、その人その人に合わせた排泄リズムっていうのを介護士がきちっと役割として取ってくれたら全然違う。この人は定時より早めに行かないと漏れてしまうとか、そういう人もいますけど、ナースが検温などで部屋を回りながら、閉鎖病棟内を歩き回っているその人を捕まえてトイレにっていうのはなかなかできない。なので介護士が自分たちの責任でもう勝手に「この人は何時に出るので、こことここで誘導します」って言ってくれたら看護師はもっと医療の部分に特化してできるし、介護士もただのお手伝いじゃなくて専門知を持って患者のQOLを上げるっていう部分に特化していけるんじゃないかなって今は思っていますね。

◆その橋渡しというか、体制づくりをあんともさんが担えたら。

そうですね。まあ、3年間は黙っておけと言われましたが(笑)看護師として。ただ、まあおむつあては本当にひどいですね。今までの施設以上にできていないです。おむつあてを仕事と思っていないから。でも、それがために漏らすから忙しいんじゃないかと。

◆そうなんですね…おむつあての不具合が忙しさを増す要因になるというのは生活の場であろうが治療の場であろうが一緒なんですね。

はい。自分たちの時間を使う中で、無駄な仕事をいかに減らしていくか。仕事の効率を上げて、利用者・患者のために、時間を作るということに確実につながりますからね。おむつなんて誰でもできるはずなんです。ちゃんとすれば。でもできてない。近くで私がおむつを当てているのを見ても一切しない。看護師は。

◆かつてのユニット型特養であんともさんのやり方を伝播させていった作戦も難しそうですね…

ただまあ、介護士のほうには伝わっているように思います。介護士とペアでおむつ交換する機会もあるので。

◆あんともさんが介護畑から来ているというのは皆さんご存知なんですか?

知ってますよ。なので、結果として僕がしたおむつ交換の後は漏れていないとか、きれいにおむつが当たっているとかは、気付いている人は気付いている感じがするので、おむつに関しては介護のほうから切り崩していって。新人の看護師があんまり言っても角が立つし大変ですけどね(苦笑)

◆お疲れ様です(笑)単純に、あんともさんがこれまで経験してこなかった看護師としての手技だとか知識の勉強もあるなかでやっていこうというのは本当に大変だろうと思います。

でも看護師は、覚えてしまったらそこで終わりなところもあって。もう絶対的に介護のほうが面白い。本当にクリエイティブ。日々工夫。

◆おお…そうなんですね。それは看護師として働いてみての実感で。

はい。もちろん責任は重いです。例えば注射針一本200円。刺しそこなったらそこで廃棄とか。静脈留置針だったら一つのものが数千円もしたり。それがちょっとでも不潔になったら廃棄ですし。そういう責任のなかでやっているのは、おむつを一つ無駄にするのとは違うし、より確実な手技を身につけないといけないとは思います。ただ、尊厳とかそういった部分ていうのはやっぱり弱い。声掛けも雑な人が多い。簡単に人の体に触る。僕が看護の手技を一通り覚えてしまえば、プラスアルファの尊厳の部分とか、そこに踏み込むことができるから、やっぱり役に立つ介護知識っていっぱいあると思う。おむつとかポジショニングとか。熱が出たときに、介護だったら簡単に薬を出せるわけじゃないし、病院に運べるわけじゃないから、どう下げるかとか考えますし。籠り熱を飛ばしてみたりとか。看護師だと、どこもそうなのか…籠り熱があろうとなかろうと、37度5分、はい薬。ちょっと不穏。はい、薬。この傾向が今の病棟にはありますね。これ介護士だったら、薬なんか無しで行けるぜっていうところなんですけど。この程度の不穏で薬入れる?と思ってしまうこともあります。それしか術を知らないから仕方ないと思うんですけどね。認知症の人も多いし。ただ、認知症の人も精神疾患の人もアプローチは一緒だと思う。驚かせない怖がらせない。この部分をやってったら。けっこうみんなで取り囲んで抑えたりするけど、それをするから興奮するんだよなって思うし。

◆こういった視点で介護士と看護師の違いを言葉にしてもらうというのはなかなかないですね。

本当に介護が好きで看護師になった人間は少ないと思いますね。介護が嫌で看護師になった人間はいますけど。

◆そうですね、どうしても介護現場で見た看護師の知識だとかできることの「広く見える感じ」を受けて、上を目指すようなかたちでの転身というのはなんとなく耳に入ってくるんですけど。今日のお話を聞いていると、また全然違うんだなというのがよくわかりますね。

僕はもともと介護を良くするために看護師を取ったから。たまたま看護師の受験資格を持っていたというのもラッキーでしたし、看護師を取らずに一般企業に勤めたことで見えている部分というのも大いにあると思いますし。例えば5年ほど運送業をしていましたが、その時に気づいたことは「いい仕事は美しい」ですね。仕事が早い人の荷物の積み方がすっごいきれいだったんですよね。単純な肉体労働と思っていたんですけど、こんなにも自分ができないものなんだと驚いて、そこから人のまねをするっていうことも覚えていって。それまで営業職をしていたんですけど、そこではある程度オリジナルというか、人の良さとかでなんとかできていたところもあって。なんだか大きな話になりますけど、どんな仕事でも何かを得ようとするかどうかで違ってくるところってあるんじゃないかなと思うし、それがなかったらおむつあてこんなにうまくなっていないと思う。僕は他人のおむつあてのそれぞれ良いところを盗っていってるんです。そのうえで解決しなかったところを基本に戻して。介護はそれこそ数字目標がないので目標が統一できないっていう話もありますけど、介護の正しさは本当に人によってそれぞれ違うから、例えば朝まで寝かせてあげるのが正しいと思う人間もいれば、2時間ごとにおむつを替えてあげないとかわいそうと思う人もいる。どっちがエビデンスに基づいているかというところよりは、その人の思い、感覚だけで言っている部分が多くて、さらにコスト意識がない。その意識のなさの根本には「私は利用者様のためにちゃんとしている。会社はちゃんとしてくれないから会社のお金なんてどうだっていい」っていう。会社の利益をまじめに考えて、コストも下げて、結果としておむつももったいないなあもっと汚さないようにできないかなあってやっていったら、技術も上がって、利用者満足も上がって。介護だってコストを徹底的に追えば、利用者満足も上がるというのが持論です。

◆汚れたパッドをそのままにしておくことでのコスト減ではないですもんね。そこまでは大げさかもしれませんが、コストを減らすというと、サービスの質を落とすようなイメージはあるかもしれません。

古いかもしれないですけど、会社愛というか、そういうのがなさすぎるように思います。

◆ああ…考えたことがなかったです。所属組織に対してそういう思いがあるほうが、逆にコスト意識も向くし、利用者さんにも意識が向く。逆にそこがないことによって、利用者さんに対してもなあなあになってしまう部分がある?

統一したサービスもできないし、満足感に関してもそれぞれの思うバラバラなところにしか行きつかない。もちろんみんながみんな持っている必要はないと思いますけどね。葬儀会社の営業をしていた時に感じたことですが、会社愛を持とうと思ったら、その会社の商品に愛がないと持てなくて。そう思うと、介護は商品のパッケージというのがないですよね。そういう中でも、例えばウチは水分摂取の数値目標を作って、利用者さんの覚醒状態を上げています、と言えたらそこに自信が持てますよね。だからこそ、数値化しやすい水分から取り組んでいく良さがあったりするんですよね。

◆自分たちにとっての商品が何で、それに自信を持てるかどうか。

その商品に自信を持とうと思ったら、そこにエビデンスが必要になってくる。これをすることが、確実に利用者のためになる。自分たちの楽になる。っていうようなパッケージがなかったら難しい。

◆では、締めに移っていきたいのですが…これから看護師としてのキャリアを積んでいったその先、どんな働き方を想像していますか?

可能であれば今の病院の介護士を本当に介護士として働ける環境を作れたらと思います。ただの病院じゃなくて、QOLも上げられる病院にできたらいいなと思います。またケンカとかしてクビなんてこともあり得ますけどね(笑)そうなったら、また介護施設の中で介護士と看護師がもっとうまく連携できるように持っていきたいです。

◆もっとそこが連携できると、もっと利用者・患者の環境が良くなると感じているからこそですね。

連携はもっと良くできるし、介護士は介護士の専門性っていうのがもっと明確にすることができるし、連携をきちっとすることで利用者・患者の状態、満足度、安楽度はもっと上がりますよね。

◆なるほど、これからのあんともさんのご活躍がますます楽しみですね。ありがとうございました!

今回のインタビューはここまでです。目の前の人に対するケアを良くすること、職場の仕事の質を向上することについて、実感のこもったお話を伺うことができました。